3.「旧約聖書のほとんどの本には、悪魔についてが書かれていました。旧約聖書とは単に、ヤハウェという宇宙人を相手にしていたイスラエル人の家族の歴史だったのです」

「メドベッドとカタリ派 (クリフ・ハイ道場: 2022/5/6) https://www.bitchute.com/video/EbpVS6v7C5xg/


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Jun 1


カタリ派の特殊な倫理観の中では仕事には自然な副次的効果があるとされています…..それは、常に働いていれば、時間が経つにつれて皆が裕福になっていくということです…..仕事は喜びなのです。

カタリ派は、カトリック教会にとって忌み嫌うべき存在です。カタリ派が分権的であり、司祭や教会を置かない組織であることは、カトリック教会を本当に怒らせました。どれだけ上から押さえつけようとしても、カタリ派は考えを変えることができません。

というのも、カタリ派は、権力構造を認めないからです。人がそこに意図的に格差をつけようとしない限りは、人間と神との間には誰も入り込めません。

つまり彼らは、ソース (創造主)である神の頭から自分を切り離すことを許さないのです。

とにかくカタリ派は、旧約聖書の最初の翻訳が始まった時から、旧約聖書が嘘であり、新約聖書に結合されるべきではなかったことを知っていました。



カタリ派はいつも働いています。彼らは非常に博識で、学校教育とは異なる教育への理解を持っていて、輪廻転生を理解しています。このことは、教会を怒らせたことの1つです。彼らはこの300年間、キリスト教のコンスタンチノープル総主教という宗派の片隅にいました。カトリック教会には、異端の宗派としてカタリ派のようなものがいくつもあり、たくさんの信者がいたので、そう簡単に潰すことができなかったのです。

カタリ派が今なお密かに活動していることを、心に留めておいてください。武術の伝統を持つカタリ派には、世界は厳しいものであるという世界観があり、2つの大前提があります。 それは、輪廻転生を媒体とする精神障害分権化です。

分権化とは中央集権を認めない”…..つまり、ソース(創造主)と自分との間に何者かが介入することを許さないということです。

そして、カタリ派の理解の中には別の伝統もあります…..それは、宇宙における善と悪との対立という二元論です。

カタリ派は、悪の存在を認識していますなので、悪から身を守り、善の側に立って悪に対抗するのが、宇宙の中で肉体を持って生きる彼らの任務の一つなのです。

ということでカタリ派は、これと同じ伝統を持つスーフィズム(イスラム教の神秘主義)と同じようなアプローチによって、最終的にジハードとして考えられているものにねじ曲げられたのです。ジハードという言葉はカンフーという言葉とまったく同じで、聖戦ではなく内なる闘いというのが本当の意味です。

カタリ派の人たちは、この内なる闘いというエトス(道徳的精神)を持っています。

だから彼らは、カトリック教会にとって忌み嫌うべき存在であり、カトリック教会は、カタリ派と共に存在することはできないのです。彼らは、カタリ派がフランク族とガリア族に急速に広まっていることに氣づいていました。そしてカタリ派は、チュートンでも根絶やしにされそれは地獄のような戦いだったので、カトリック教会は多大な損失を被り、それが、彼らに取って大きな足かせとなりました。

これは、北アメリカと南アメリカが発見され、アメリカが建国される前のことです…..そして、600年代にさかのぼる伝統があるカトリックは、カタリ派の起源も、彼らが居住していたのも、いずれも中東ではなかったことを知っていました。

神の頭が降臨したのは、イスラエルでもその周辺地域でもなかったのです。

そして、旧約聖書のほとんどの本には、悪魔についてが書かれていました。

そして人々は、中世のカトリックの視点でこの旧約聖書を理解してきました。神によって書かれ、神によって霊感を受けたとされるこの物語を、司祭たちが解釈し、カトリックの農奴や無学で字が読めない人々に話して聴かせていたのです。

でも実はこれは単に、ヤハウェという宇宙人を相手にしていたイスラエル人の家族の歴史であり…..このヤハウェというのは、240柱以上もいた神/宇宙人 (エローヒム)のうちの一柱でした。


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